特集舘博先生の発酵の科学

味・色・香りも発酵から[第3回]

しょうゆもろみとは、しょうゆづくりで発酵・熟成段階にあるもの。そこから原料の固形分を分離させたものが、私たちの食生活に欠かせないしょうゆです。
しょうゆもろみの発酵をつかさどるのは多くの微生物たち。そのはたらきによって、しょうゆの味・色・香りが生まれます。

 

 

舘博先生
東京農業大学教授。しょうゆの研究一筋に40年余という自他ともに認めるしょうゆ博士。品質向上と啓発への活動が認められ、2010年「醤油功労賞(日本醤油協会)」受賞。

微生物がつくり出す 味や色、香りの成分

 しょうゆもろみの中の微生物は、麹菌→乳酸菌→酵母の順で入れ替わることを前回にお話ししました。今回は微生物たちがそれぞれ具体的にどのようなはたらきをしているのかを見てゆきましょう。

 はじめに登場する麹菌は、プロテアーゼというたんぱく質分解酵素や、アミラーゼ(でんぷん分解酵素)といった酵素を大量に生成し、その酵素によって大豆と小麦が分解されます。
 大豆と小麦のたんぱく質は、プロテアーゼ系酵素であるプロテイナーゼによりポリペプチドに分解され、さらにペプチターゼによってアミノ酸やペプチドに分解されます。
 一方、主に小麦に由来するでんぷんは、α‐アミラーゼによりデキストリンに分解され、さらにグルコアミラーゼによりブドウ糖やオリゴ糖に分解されます。

 次に、二番手のしょうゆ乳酸菌が、ブドウ糖を栄養源として乳酸発酵を行い、乳酸を生成します。
 そして三番手の酵母もブドウ糖を栄養源としてアルコール発酵を行い、アルコールやエステルを生成します。

 こうして生成されたアミノ酸は「うま味」に、ブドウ糖は「甘味」に、乳酸は「酸味」に、アルコールやエステルは「香り」になります。
 さらに、しょうゆの「色」も発酵生産物の化学反応によって生まれます。あの赤褐色の色は、糖とアミノ酸がアミノカルボニル反応を起こすことで生成される褐色色素・メラノイジンの色です。

甘味・うま味・酸味の成分が 塩味をまろやかにする

このように、しょうゆもろみの中の微生物によって「うま味」「甘味」「酸味」「香り」「色」がつくり出されていますが、しょうゆもろみにはこの他にも、仕込みに用いる食塩水に由来する「塩味」がありますし、アミノ酸やペプチド類に由来する「苦味」もわずかながら含まれます。

 

しょうゆの食塩分は約16%(濃口しょうゆの場合)。この食塩分がもろみの発酵をうながし、おいしい味と香りを生み出しているわけですが、数字ほどに塩辛さを感じないのは、ブドウ糖などの甘味や、うま味、酸味などが加わっているためで、しかもその甘味やうま味自体もじつに多様な成分で構成されていること―――甘味のもとである糖類は約15種類、うま味のもとのアミノ酸はグルタミン酸やアスパラギン酸など約20種類―――、酸味の主成分は塩味の角をとってくれる乳酸であることが、味をまろやかにしているのです。

 

微生物の発酵で生成されるさまざまな成分、その複雑でみごとな調和にあらためて感心せざるを得ません。

イラスト/秋葉あきこ

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