小さい頃は甘いものが苦手で、中学生ぐらいまでの私のおやつの定番は、どんこ(干ししいたけ)を戻して甘辛く煮付けた煮物でした。
2歳半から大学一年生になるまで、自宅の家事を担っていた川波さんという素敵なおばさまがいらして、その方が、週の半分以上ごはんを作ってくれていました。
川波さんは、かなり愉快な人で、靴の片方が白、もう片方がベージュでも気づかなかったり、煮込んだスープをなぜか流しに捨てちゃったりもするような人で、私の家もおっちょこちょいが多いので、みんなでよく笑っていました。
私が大切にしているぬいぐるみも大事に片付けてくれたり、思春期の私の変化に誰よりも早く気付いてくれたりと、昔の言い方だとお手伝いさん、と表現するのかもしれませんが、祖母と孫のような関係でした。
彼女は九州出身で、どんこの煮付けは、九州のあま~いお醤油を使った気がします。
家には、きりっとした江戸前醤油もありましたが、彼女が作ってくれるお料理は、どれも甘くて九州の味でした。
よく隣で、里芋とタコの煮っころがしの味見をさせてもらったりしました。
アンパンマンやクリーミーマミをテレビで見ながら、どんこの煮付け、たくわん、都こんぶを川波さんと食べながら、お喋りして。
福岡の造り酒屋出身だった彼女の子ども時代のこと、戦争のこと、生活の知恵などを聞くのが大事な時間でした。
「おふくろの味」とはよくいいますが、どれだけの間、作ってくれたご飯を食べたのかでいうと、私にとっての家の味は、川波さんの味がかならず入ってきます。
コロナでお見舞いもできないときに、彼女はこの世を旅立ちましたが、いつも川波さんの食べ物が今の私の肉体を形成している、と思いますし、しょっちゅう思い出します。
3年ぐらい前から、小倉ヒラクさんやドミニク・チェンさんたちと「発酵文学研究会」というクローズドな読書会を続けています。
それまでは、昔の文学や古語辞典って、絶滅した生き物の図鑑のような感覚で読んでいたのですが、私の好きな深沢七郎の本を読んでいる時に、実は古い文学や方言、書かれた言葉たちが「新しい時間」を待っているのではないかと考えるようになったんです。
ぬか床から、時を経て、漬物が取り出されるような感覚です。
文学に限らず、国内で旅をした時にも、その地域の昔からの食べ物に、連綿と続く、歴史には名前の残らない人の営みを思い出せる時があります。
読むことや食べることによって、かつて生きてきた人たちを思い、また新しく出会う。
そんな時間を、とても愛おしく思います。