特集食のふるさとを訪ねて 最上鴨

「最上鴨」ブランドが生まれるまで[第2回]

緻密な肉質とうま味が特長の鴨肉、その鴨肉の中でも、クセが抑えられた上品さと、うま味が際立つ脂身を持つのが「最上鴨」。生産者である『最上鴨生産組合』の加藤貴也さんに、新しいブランド鴨として確立するまでをお聞きしました。

加藤さんはここ大蔵村の農家に生まれました。しかし家業を継ぐ気持ちになれず、高校を卒業するとオーストラリアへ留学。帰国後は東京のIT企業に就職しました。そして29歳のときに帰郷し、自身の会社を設立。ウェブ制作やデザインワークを通じて山形の情報発信を手がけるように。そうした活動をきっかけに、農業を見つめ直していた折に出会ったのが、鴨生産の話でした。加藤さんの父、和之さんは米づくりの名手であり、一方では蕎麦の在来種「最上早生(もがみわせ)」の栽培家として知られた方。その蕎麦を扱いたいと東京から訪ねてきた会社の担当者が、蕎麦粉の品質に見合う良質な国産鴨が欲しいと言うのを聞いて、加藤さんは飼育にチャレンジすることにしたのです。

 

やると決めたとはいえ、最初は暗中模索の日々。しかしよき師匠と仲間、周囲の協力を得たおかげで、3年目を迎えた頃には5千羽を飼育し、食肉処理まで一貫して行うまでに。「最上鴨」は知る人ぞ知る高品質な国産鴨として名を高めていったのです。

 

山形の豊かな食を世界へ

ITプロデューサーでありつつ、鴨生産者としても大蔵村にしっかりと根を張った加藤さん。2016年秋には新装された新庄駅の1階に、鴨と蕎麦を供する「そば屋かもん」を開店しました。店では和之さんが育てた最上早生を、十割・生粉(きこ)打ちで提供。そして鴨せいろや鴨南蛮そばをはじめ、鴨しゃぶや鴨焼きなどの鴨料理にも力を入れています。また、さっと炙った胸肉をユッケ仕立てにしたものや、塩でさっぱりと炊いた砂肝など、お酒の肴も充実。もちろん、山形の地酒も豊富に揃えています。

「そば屋かもん」の看板料理であるしゃぶしゃぶ。

和之さんの蕎麦は力強く、本来の味と香りの際立つ逸品です。和之さんには「蕎麦は人間が作為するものではない」という哲学があり、種を蒔いた後はすべて自然まかせ。蕎麦の美味しさと引き換えに、たった1回の天災でその年は棒に振るリスクと常に隣り合わせでやってきました。そうした父の苦労を見て加藤さんは、跡を継ぐのをためらったのだと言います。

しかし今や、共同して山形の食を支える身となったおふたり。その表情には互いへの信頼と、それ以上に熱いライバル心が見て取れます。その地・その人にしかできない高品位の農業を目指して、加藤さんの挑戦はこれからも続きます。

次回は荻野恭子さんの「世界の発酵食」をお届けします。

 

 

文/吉川優子 写真/越田 昇

関連記事