醤油仲間/エッセイ

「日々の進化が、未来の伝統を作る」今田 洋介

銀座で寿司職人を60年もやっていますと、よく人様に「ご主人は、どのネタが一番好きですか?」と訊かれるんですね。
お寿司というのは、どれだけまぐろが好きな人だって、「まぐろだけで終わる人」はいないものです。
大相撲で言えば、横綱がいて、大関がいて、関脇がいて、小結がいて、前頭がいて。
その中から、また大関や横綱がでてくる。
というように、ネタの種類や個性が様々あって、それそのものが寿司の「味」なんだと私は思っています。
だからこそ、我々が一番気を付けなくてはいけないと思っているのが「手をかけすぎないこと」です。
素材の良さがどこにあるのかを考えて、包丁を使っていく。
歯ごたえ、うまみ、脂ののり方、瑞々しさ、様々な要素を熟知して、本来の良さを尊く扱ってあげることが板前に必要な資質だといえます。

 

寿司屋にとってのしょうゆは、引き立て役、あくまで脇役です。
個人的には醤油が好きだから飲みたいくらいですが、残念ながら「飲む」ものではない(笑)。
江戸前寿司の場合には、たいてい、しょうゆの個性を消すところから始まります。
煮切りをして、しょうゆをいばらせない。
その引き算は、おいしさを後ろから支えるための仕掛けです。

 

私がカウンターに立つ理由、そして、今日より明日、明日より明後日と向上し続けたい理由は、「お客さんに心から楽しんでもらうためには何が必要か」の追求が全ての根底にあるからです。
私は銀座で生まれ育ち、長年銀座で商売をしてきました。
その間にも、銀座の有名な老舗が閉店するのを何回もみてきました。
「老舗必ずしも名店であらず」。
これは私なりに生み出した言葉です。
構造不況の最中であっても、アイディアは客としての自分の気づきの中にあると思っています。
自分がお客さんだったらどう思うかを日夜考え続ける。
我々が日々の営業で大切にしている心配りの数々は、「今日、久兵衛にきて良かった」という感動やインパクトをどのように与えられるかを考えた結果です。
齢78歳、バトンタッチのゾーンに入っても、にぎり一筋、生涯現役が私の合言葉です。

 

今田 洋介(銀座久兵衛 主人) (いまだ ようすけ)
1945年東京生まれ。東京・銀座で育ち、神戸で鮨の修業を積んだのち、1965年「銀座久兵衛」に入店。1985年に2代目主人に就任後、業界の常識を塗り替え、卓越した経営手腕も発揮し、一躍風雲児に。2012年には「現代の名工」(厚生労働省)に選ばれた。