特集食文化史研究家・江原絢子先生の「日本の食べごと」

多様なだしを育んだ日本の風土[第1回]

だしをベースに発展してきた和食。日本人はさまざまな食材をだしにする工夫をしてきました。そんな日本だし文化の歴史と、だしを育んだ風土について、ひもといてみましょう。

江原絢子先生

東京家政学院大学名誉教授、(一社)和食文化国民会議顧問。専門分野は食文化史、食教育史、調理学で、江戸料理の再現など学術的でいて親しみやすい研究で知られる。

貴重なたんぱく源であり 保存食だったかつお節

和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたのを機に、そのよさが再認識され、海外からも注目されているのはうれしいことです。

その和食の基礎にあるのがだしです。だしは下味になるほか、加える食材の持ち味を引き出し、料理をよりおいしくしてくれます。

 

かつお節のだしは、文献では室町時代後期から登場します。江戸後期の武家の食事の記録には「ひらかつお」を煮物や汁物の上にのせるとあります。これは今でいう「花かつお」、つまり薄い削り節のこと。かつお節は長期保存可能なたんぱく源であり、同時に味と香りもたのしませてくれる食品だったわけです。

 

いっぽう庶民の食事には、みそとかつお節を煮出したものや、かつお節と梅干を酒で煮だして漉し、たまりやしょうゆを加えた「いり酒」という調味料が使われていました。まただしは、野菜や大豆、海藻などからもとれますので、かつお節には手が届かない人々も、それらの煮物の具をおいしく食べ、無意識のうちにだしも味わっていたのだと思います。

いつものだしとハレの日のだし

そのかつお節、初めは乾かすだけでしたが、江戸時代に燻す工程が加わり、今日の荒節が誕生。また、それがカビることでかえってうま味が増すことがわかり、荒節をさらに乾燥・カビづけした本枯節が完成されたといいます。

 

近代以降、京料理では昆布とかつお節の上品なだしが重用され、いつしか日本料理を象徴する要素になりました。でも日本ではかつお以外にもさばやまぐろなどからさまざまな節がつくられていますし、うるめいわし、とびうお(あご)などの煮干しは北から南まで各地にあります。それらのだしがその土地の味覚のベースとなり、郷土の料理を育んできたのです。

 

家庭ではいつものだしで、ほっとする味を。そして時には昆布や枯節をぜいたくに使って、ハレの料理をゆっくりと味わってみるのもたのしいことでしょう。

次回は荻野恭子さんの「世界の発酵食」をお届けします。